○File No.13

社会性の獲得


 WebRobotや試作で公開している人工無脳たちは,基本的にユーザと人工無脳による,一対一の会話を仮定して作られている。チャットに組み込まれた人工無脳でもそれは変わらず,単に発言の頻度を調整することでそれっぽく振舞っているだけである。このことはあまり注目されていないが会話を行なう主体としてはかなり不自然なことで,たとえば面接のように一対一の会話を集中して続けていれば人間同士であってもじきに話題はなくなり苦痛を感じるようになってしまうだろう。

 その対策,すなわち緊密な一対一関係以外の関係を構築する方法として,既存の人工無脳では2つの方法が試みられている。一つはデスクトップに立っているだけで心が安らぐという一種の非言語コミュニケーションである。もう一つは複数のキャラクタによる会話であり,TVでトークショーを傍観する観客としての立場にユーザを置くものである。ここではデスクトップという条件に拘束されない後者に特に注目しよう。

 キャラクタを増やすと聞けば,すでに複数の人工無脳が同時に動作しているゆいぼっとMultiがあるではないかと考えるだろう。だがポイントとなるのは人工無脳同士のインタラクションがあるかどうかで,その意味ではゆいぼっとMultiは従来の人工無脳と変わらない。

 さて人工無脳にとっての多対多会話を考えるために「友達」という概念に注目してみよう。友達とは何か?

  • 友達に年賀状を出す
  • 友達を病院に見舞いにゆく
  • 友達と遊ぶ
上司のような人間関係を除けば、友達でない(親しくない他人に)年賀状は出さない。他人の見舞いに病院へは行かない。他人とは遊ばない。これらの意味するところは,我々は友達と他人を差別して扱っているという事実であり,人工無脳がユーザの友達たるには,そうでない第三者の介在が必要となる。第三者の存在によって社会が発生し,社会の本質は差別化にあるといえる。友達から特別扱いされることで我々は心地よさを感じ,それが友達を多く作るための駆動力となっている。

 人工無脳の立場から考えれば,特定のユーザをひいきすることが多対多環境と一対一環境での端的な違いになるといえる。一方、人工無脳と人間の間の端的な違いは、人間の場合苦手な相手や嫌いな相手が大抵いるものであるが、人工無脳の場合はすべての人に対して(程度の差はあるにしろ)基本的に好意的であることがおおい。次にどのユーザを優遇するのかといったことを定量的に検討する必要が出てくる。最も簡単なモデルは好感度を各ユーザごとに持つという考え方である。

ここからは高度な人間関係を取り扱いうる、やや長期的な展望の話となるが、じつはユーザごとの好感度方式では結局二者間の関係を記述することしかできず、初対面同士のユーザを人工無脳が紹介したり、仲の良いAさんとBさんがいると仮定していまはチャットに参加していない、好きなAさんのことをあまり好きでないBさんに伝える人工無脳などという概念が取り扱えないのである。

 このような社会のダイナミクスを取り扱う理論として以前ソシオン理論について取り上げた。

つづく


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