○File No.11

人工無脳のココロ IV




田中敏,"心のプログラム",啓文社,1994 ISBN4-7729-1474-9
 人工無脳のココロについて考えるということは,人のココロについて考えることと同じである。したがって,人工無脳について突き詰めて考えてゆけば,いずれ人の心を専門に扱う哲学や心理学といった分野の本を紐解くことになる。心理学では衝動(drive),欲求(desire),意思(mind)といった概念を使って我々の行動が何故起こるかということを説明しようとする。人間の場合(犬や猫と大して変わらないが)食欲,性欲,知識欲,自己保存の欲求などが代表的といわれている。「心のプログラム」には
われわれの心についての知識は,実は,心から得られた知識ではない.
心を作り出そうとする知識である
という言葉があり,それが心理学の限界をしめしているとする説もあるが,人工無脳ではリアルな心のレプリカを作ることが目的ではないので,いろいろな説の都合のいいところを寄せ集めて人工無脳独特のココロを作ってしまっても構わない。すなわち人工無脳独特の欲求を作れば良いということになる。

我々の行動を振りかえると,たとえば食欲が行動を支配しているときにはほかの欲求はなりを潜めている。食事中には喧嘩はしないし性行動に走ることもない。そこで人工無脳でも一度に発動する欲求はひとつだけとしよう。欲求には目的があり,食欲の場合は満腹,知識欲の場合は知識そのもの,となる。人工無脳でも欲求には目的を持たせるのが自然である。以下にとりあえず思いついく欲求をあげてみる
  • 雑談 − 相手と仲良くなる
  • 知りたがり −知識
  • 模倣 −
  • 遊び − 気分転換,笑い
そして人間の場合,雑談に使われるプログラムと知りたがっているときに使われるプログラムは違っていると思われる。人工無脳でも
  • 雑談 → 辞書型人工無脳
  • 知りたがり → インタビュー型人工無脳
  • 模倣 → ユーザ同士の対話を観察
  • 遊び → 対話型ゲームのプログラム
とそれぞれ全く機構の違う人工無脳が動き,全体としてひとつのキャラクタを構成すると考えるのが自然である。これは考えてみれば当然で,それぞれの人工無脳はもともと人間の思考パターンのある一部分をモデル化したものであったので,向き不向きもあるしそれ単独で全人格を表現させようとすること自体に無理があったのである。

となれば次はこれらの構成要素をいかにして共存させるかである。



人工無脳の全体像(想像図)

セントラルクラスタ

 雑談,知りたがり,遊び,模倣などのそれぞれの人工無脳プログラムをいつ使うのか決定するセクションが必要となる。それをここではセントラルクラスタと呼ぼう。
 左図はセントラルを含めた人工無脳の全体像(想像図)である。緑のブロックはそれぞれ違うアーキテクチャーに基づいて造られた人工無脳サブシステムである。これらが辞書ファイルを共有しつつ作業を行なう。またGAMEはゲームのスクリプト,SUPPORTは業務スクリプトで,ユーザインタフェースに直接影響を及ぼす。セントラルはそれらを統括し,いつのサブシステムを起動するかを決定する。ここでは便宜常3つのサブシステムを提示しているが,設計者によってもっと増やしたり,別のサブシステムに置き換えたりが可能である。
つづく
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