○File No.14

人工無脳の条件


 人工無脳は考えるではいくつかの考え方を引用したり考えたりすることで人工無脳をより豊かにしようと試みてきた。しかしこれまでの方針では、とりあえず実際役に立つのか立たないのかわからないアイデアを節操なく集め、使えそうな組み合わせを見つけて実装し、動作したところで評価するという、あまり展望のない方法で進められてきた。そこでたまには原点に立ち戻りつつ、まったく違うアプローチを試みてみよう。キーワードは多様性とセル・オートマトンである。

 人工無脳の原点は、単純な機構によってプログラマが意図しなかったような豊かな反応を返してユーザを楽しませることである。『意図しなかった反応』は必須にして最重要の条件である。このことは、手続きを積み上げて心を構成する手法を完全に拒絶する。さらに同一線上にある人工知能の推論、学習、解決といった技術も根底から捨て去ってしまう。しかし人間は自分の行動が手続きの積み重ねですべて説明できると思ってしまう錯誤を強く持っており、心をデザインする構成する際にもうっかり手続きに頼ってしまいがちであるので注意が必要である。

 意図しなかった反応=多様性と単純機構という二つの用件を兼ね備えたツールにセル・オートマトン(セルラー・オートマータ)がある。我々になじみのあるものとしてはライフゲーム(要Java)を思い浮かべると良い。ライフゲームではひとつのセルが持っているルールは、「そのセルの次の状態は近傍のセルのうちいくつが生きているかによって発生、死滅、維持のいずれかを取る」というだけのものであるにもかかわらず、セルが集合したときにはこのルールからは想像もできないような複雑でバラエティに富んだ活動ぶりを見ることができる。では一粒の砂をセルとし、個々のセルは乱数をある程度取り入れたルールにしたがって次にどちらに移動するかを決めているのであるが、なぜか安息角(砂時計の中の砂山の傾斜)を観察することができる。雨宮らは「相互作用で解く心と社会」のなかでstartlogoについて紹介している。startlogoのサンプルの中に「シロアリの巣」というプログラムがあり、画面内に散らばった木片をランダムに歩行している蟻が見つけるとそれを加えて少し離れた別の木片のところに置くという動作をしている。結果としては小さい木片の山は速やかに消滅して大きな山に吸収されてしまう。これはコロイド科学の分野でも馴染み深い現象で、微小粒子ほど表面エネルギーが大きいのでトータルのエネルギーを下げるために小さい粒子は大きい粒子に吸収されるだとか、微小粒子は表面の活性な原子が多いため溶解度が高くなるなどと説明されているが、そのような機構をまったく持たないシロアリが同じ挙動を示すのは大変興味深い。

 このセルオートマトンの研究者達は、ライフゲームなどに多様性、すなわち初期のわずかな条件の違いから予測不可能な展開が引き出される現象を見出している。詳細はラングストン之紹介ALife Onlineなどを参照していただきたい。結論としてはセルが次の世代で生き残る確率γ=0〜0.5の範囲で多様性が発現することが知られており、これを人工無脳に転用できないかと考えてゆくわけである。

 この仕掛けを使うと、設計された人工無脳オートマータが多様性を持つかどうかあらかじめ検証できる。検証の第一ステップはオートマータが複雑適応系の基本的な機能を持っているかどうかで、J. H. Hollandらによれば集合、非線形性、フロー、多様性の四つが挙げられる。集合はセルオートマータを採用した時点で満たしている。非線形性は集合の規模によりその特性が変わることを示しており、フローはセル間での情報のやり取りがおきて、それぞれのセルが近傍のセルから影響を受けることを示す。多様性はこれらの結果として発現するが、恐らく上述のγ値をデザイン時に考慮しなければならないことをさす。これ以外に重要と思われるのは環境のマッピングである。「起伏に富んだ砂地を歩いた蟻の軌跡は複雑になるが、それは蟻の複雑さではなく環境の複雑さの反映である」といわれるように、環境は重要である。人工無脳の場合は相手の台詞が直接的な環境となるので、例えばライフゲームのように2次元的に広がったセルの集合体を考えれば「花、湖、晴れた空」など人工無脳が美しいと思う単語にそれぞれ座標を与えて活性化させたり、「泥沼、落胆、鬱」など否定的な単語の場合は抑制的な影響を与えることが考えられる。


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