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2002/02/12

ほめられると喜ぶ

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人工無脳も会話者であるからには彼らなりに社会に適応しなければならない。が、これまで社会性とか社交性とかを積極的に考慮した人工無脳は作られていないように思われる。人工無脳と自閉症者によく似た雰囲気を感じるユーザがいるようであるが、それもこうした背景を示唆するものかもしれない。よく考えれば人間にとっても人間関係はなかなかの難題であろう。上司や同僚との不和、片思い、失恋、派閥争いなど、生々しい人間模様とはすなわち生々しい社会の状態を指している。人工無脳はそういう意味で意図的に生臭さを廃し、現実にはありえないユートピア的な人間関係を提供することを目的にしているといえる。むろん社会の機能はそれだけではないが、特にチャット社会においては人間関係や相手の尊重を考慮した設計を心がけなければならない。人間関係を定量的に把握するためのツールが後述するソシオン理論で、相手の尊重は聞き手のスクリプトの使用がその第一歩になるだろう。

だが、それらについて考える前に、人工無脳に実装するべき社会の機能として特筆すべきものがある。それは教育である。

ほめられると喜ぶ

教育の基本は「ほめられて嬉しい」という感情である。以下人工無脳に実装するのに向いた感情モデルの最も単純な例としても極めて興味深いこの心の働きについて考えよう。嬉しいという感情は犬や猫でも明らかに持っているかなり根源的なもので誰でも共感でき、人工無脳においては教師つき学習の道を提供でき感情を表現しても不快感を呼ばないことから、人工無脳に向いており効果が期待できるといえよう。 これまで人工無脳の学習といえばコマンド形式で無味乾燥であるか、しゃべった言葉全てを貪食する会話ログ型の両極端がほとんどである。一方人間の学習は基本的に考えたことを人にしゃべったとき、相手からほめられることで進むものである。特に幼児期から児童期にかけてはその傾向が観察されるが、成熟してからは自分自身に対して内的に評価を与えるようになるわけで、結局ほめられることが学習の原動力、進歩の原動力であることに変わりはない。

「ほめられた」の検出

人工無脳はまず自分がほめられたことを理解しなければならない。単にほめ言葉にヒットさせるだけでもよいのだが、少しだけ形態素解析を行なってわかったふりをより確実なものにしてみよう。人間同士の会話において相手を直接ほめる場合を思い出してみると、相手をほめるせりふは短かったり表現が単純なほど高い評価を与えるとしてよいだろう。要するに、長すぎる文はほめられチェックの対象外にしてよいということである。

「すごいねー」「よく分かったな」「そのとおりっス」「ハハハハ!」「面白い」

といった調子である。また会話においては、人間からのほめ言葉と人工無脳の嬉しさの表現のペアは文脈から取り除くことができる。

次に、簡単のために文脈を無視して一つの文からほめられたことを検出するには、sspiで取り上げたスコア制を改良することで対応しよう。すなわちほめ言葉にプラス、否定語と罵倒にはマイナス、あいまいな表現にはプラスの小さなスコアをそれぞれつけ、文全体の意味は文中に出現するそれらのスコアの積(=確信度)で代表させることにする。二重否定は負×負で自動的に正になってくれるが暗黙の否定などにはそれぞれルールを適用する必要がある。

「ほめられた」の効果

さて、この感情には

というような特徴と効果がある。記銘では直前のユーザの発言とそれに対する人工無脳の返事のペアが記憶すべき内容となる。

というような特徴と効果がある。

2001/2/12 つづく

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